そのガンダム「自由」につき・・・

二十年ぶりの映像化。

待ちに待っていた「機動戦士ガンダムSEED」シリーズの最新作。

血を流しながらSNSと公式のネタバレを見て劇場に足を運んだ。

まあ一部のファンが言うように、今出ているネタバレは氷山の一角にすぎないので

どうか気を保って、劇場まで足を運んで、その結末をしかとその目に焼き付けてほしい。

 

以前高い人気を誇る"SEEDシリーズ"

とはいえ、異様な大ヒットに当惑している自分がいるけれど、

放送当時のSEEDシリーズ2作品ともにいろんな意味で話題に欠かなかったし

ターンエーで落ち込んだガンプラ人気を取り戻した、圧倒的なメカデザインを誇り。

様々な作品が作られる「ガンダム」という大河的コンテンツの中でも高い支持を得ている。

その証拠が今回の大ヒット、

3日で10億の興収、60万人以上がその物語の結末を見届けんと足を運んだのだ。

筆者は第一シリーズは幼稚園から小1、第二シリーズは小2から小3とあまりに幼かったが

その物語と登場人物、そして登場するMSに心惹かれ、毎週土曜は「ガンダム」をお爺ちゃんの家で見て一家集結してご飯を食べるのが習慣だったし、

印象的なのは土曜の18時にしてはセクシーすぎるOP映像。

ガンダム」の魅力を教えてくれたのがSEEDシリーズだったし

私にとってのファーストガンダムは「機動戦士ガンダムSEED」なのだ。

 

ガンダム”という自由すぎるコンテンツ

ガンダムといえば何を思い浮かべるだろう・・・

各々がいろんなガンダムをイメージできることだろう。

それくらいガンダムというコンテンツは自由に進化してきたのである。

いわゆる"ファーストガンダム"一つ取ったって、

小説版からTV版、そして劇場三部作。それぞれ物語は少しずつ違う。

そして、一番大きなものとして「宇宙世紀ガンダム」とそれ以外の「アナザーガンダム

というものが存在する。

仮面ライダースーパー戦隊との大きな違いといえばこの部分だ。

ガンダムオタクの中でも「宇宙世紀」が正しいとする過激派もいるし、その中でも

富野由悠季が書いたものだけが正史とする超過激派もいる。

いろんな考え方があるけれど、始まりの「ガンダム」はファーストガンダム

それをベースに様々なアナザーコンテンツへ発展し、今日に至る。

宇宙世紀ガンダムでも比較的新しい作品のUCなんかは「アナザー」に当たる

Gガンダム」がなければ生まれ得なかった場面もあるというくらい、

相互に影響を及ぼしながらここまで発展しきた。

だからこそ思い浮かべるものが異なるくらい、とても大きな主語になり変わったのだ。

それゆえに、ガンダムとは"自由"なのである。

 

"SEEDシリーズ"の立ち位置と物語

様々なアナザーコンテンツが展開される中で、

今作のSEEDシリーズとはどんな作品なのか一言でいうと

ファーストガンダムリバイバル」だ。

逆襲のシャア公開以降、GやWやXといったいわゆるアナザーガンダムが作られ

ガンダムというものはいろんな解釈で発展していった。

それらを「黒歴史」と受け止めた「ファーストガンダム」生みの親富野氏が

生み出したのが「ターンAガンダム」それでどこかのエヴァンゲリオンよろしく

全てのガンダムにさようならしようとしたのだが・・・

という混沌の中で生まれたのが「機動戦士ガンダムSEED」だった。

物語の大まかなながれは機動戦士ガンダムを踏襲して。

戦争に参加させられた学生たちが奮闘する、その中で

コーディネータと呼ばれる新人類とナチュラルと呼ばれる旧人類の

理解し合えない二者をいかに相互理解させるか。

というガンダムらしい作品で、

先鋭的かつどこか伝統的なモビルスーツのデザインも相まって様々な層から人気を博し。

続編の制作も行われた。

続編の「機動戦士ガンダムSEED Desteny」は作品中盤で主人公が入れ替わるなど

賛否が分かれる作品ではあったが、高い人気を誇っている。

 

今作とSEEDシリーズ

SEEDシリーズの大まかなおさらいをすると・・・

コズミック・イラという時代が舞台の作品で、

プラントと地球連合間の対立が深まり全面戦争に発展。

物量で勝る連合の勝利が確実視されていたが、戦況は膠着し11ヶ月。

戦禍は大きくなり続け、工業コロニーの学生が戦禍に巻き込まれる始末。

最終的にはプラントの敗北で幕を閉じた・・・かに思えた

戦禍は続くよどこまでも、

戦争は集結平和的解決へ向かっていくかに思われたのも束の間

ナチュラルの過激派ブルーコスモスとプラントがまたも対立、

戦禍を止めるためそこに介入する前作主人公のキラ・ヤマト

そして、人知れずデスティニープランを進めるプラントのデュランダル議長。

最終的に議長とともにザフト軍のミネルバが沈み、戦争は終決し、平穏が訪れ・・・

おしまいとなった。

そんな平和を実現した世界に無理やり戦争を起こさせるというのが

今回のSEEDFreedomなわけだ。

 

今回のあらすじ・・・

結局大戦が決しても変わることはなかった、

デュランダルが示した通り、待つのは混迷の時代。

プラント、地球連合間の小競り合いは続き、

それを抑止力として武力介入で戦争停止を目論むのが

今回の主人公陣営「コンパス」でDestenyで主人公交代の悲劇にあった

シンもそこに所属している。

平和を実現するため日夜奔走するキラだったが・・・

もういつまで経っても戦争が終わんない、ほんと呆れちゃうくらいに戦争が止まんない。

隙あらばいちゃつくカップルのイチャイチャくらい止まんない。

そんな世界に疲弊してしまうキラ、そしてその姿を痛ましく思うラクス。

そんな二人の平和への想いから、独立を目論む「ファウンデーション」と

手を組むことになるが・・・

というのがあらすじだ。

まあ結局いつまで経っても人は変わらんのですなぁ

だけど変わらんものってそれだけじゃおまへんでぇというのが今作だ。

一貫しているテーマ「非戦」もそのままで

あの頃見ていたSEEDが20年の歳月を経て新しい物語でやってるよといささか興奮を抑えられなくなったのは確かだった・・・

 

今回の感想

正直、評価が難しい。

席を立つ瞬間に微妙だなぁと声を漏らしてしまったし、賛否が分かれる作品だとも思う。

一つ自分が間違えたのは「SEEDの逆シャア」が来るんだ!

みんな大人になって少し落ち着いた、大人なガンダムSEEDが見れる!

そう思って見にいくと出鼻を挫かれるので、そういう類の期待をされている方は深呼吸して

もう一度シリーズを見直すといい。

シリーズを見直すというより、福田作品を見返すといいだろう。

特にクロスアンジュは見るべきだと思う。

エロいしグロいしそんでエロいしめちゃくちゃすぎて

2回目は遠慮したいけれど。

とはいえ、端々に残されたSEEDシリーズのセルフオマージュやエッセンスは

どうもエモーショナルなところに響いて正常な寸評をしづらくしていて、

だから今回の作品は評価が難しい。

SEEDシリーズを心待ちにしていたファンとしてはとても喜ばしい作品だし、

もう二度と最新作を見ることは叶わないと思っていた作品だからそれだけで

もう十分なんだけど。

公式がバグっているのか、福田さんがおかしいのか

サービスサービスぅ(中の人繋がり)しすぎて、供給過多。

いろんな要素が重なりまくって、数え役満みたいな作品だ。

だから何度も言うが正常な評価が本当に難しい。

だけどはっきり言う、あまりこういう言い方は良くないが

ガンダムにしては稚拙すぎる作品だったかなと。

あれだけ心待ちにしていたのに、正直刺さらなかった。

これなら「ククルス・ドアンの島」の方が正直刺る。

だけど不思議と端々のガンダムSEED要素で自分の中のあの頃の少年が喜んでいるし、

だけど後半の同人版のようなガンダムSEEDに耐えかねてしまう。

盛大なネタバレだが、終盤のアスランのキャラ崩壊とか、

闇堕ちを免れるシンの描写とか、演出が異なればちゃんと泣けるのに・・・

泣けないんだ、泣かせてくれないんだよ。

本当にあの数カットというか数シーンのせいで、今回の私の評価はガタ落ちかなと

それさえなければ結構良かったと思う。

こんだけ酷評しておきがらいうのもあれだが、

それでもラストシーンの後の世界が見てみたいと思ってしまったのも不思議。

去り際のロマンティクスが流れ、エンドロールの後も

少しエピローグが続くのかと思って期待した自分がいた

そういうもう一声がないのもまた難しいところだ。

 

結論

あの頃リアタイしていた少年たちよ、

ネタバレは氷山の一角に過ぎん、存分に映画館で楽しめると思う。

しかし、過度な期待や、大人な考えは捨てるべきだ、

あの頃の気持ちをどれだけ持って来れるかがこの映画を楽しむ鍵となるだろう。

では、次の映画は3月公開の「四月になれば彼女は」か「ハイキュー」になると思うので

その時に会おう。

アデュー